よく質問のある一つに、表題のことを訪ねられます。実際のところ、これだけをみれば何のことだかわかりません。
もっと、わからないのは、御供えの台盤(だいばん)(お供え物を並べて順に御供えするときに用いる机のこと。)のことです。下鴨神社は、通常すべて朱漆塗りの台盤を用いていますが、なかに数台のみ黒漆の台盤があります。なぜ同じ御供えなのにちがうのか、とのお尋ねです。
たしかに、下鴨神社の祭具は、何に使うのか、よくわからない物があります。しかし説明をきけば、「なるほど」と、納得していただきます。
茱(しゅゆ)というのは、九月九日の重陽の節句に社殿の前に吊るしておく囊(ふくろ)のことです。
節句は、一月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日の五節(せち)の日の御祓のことです。二十四節気のことでもありますがむしろ、気候の変わり目の節句、節日のことです。家庭では、御祝いをしますが、下鴨神社では、季節の変わり目の御祓いの日です。
その日、中門の両方の柱に備え付けられた鐶(かん)(金属製の輪のこと)にハジカミ(山椒の古称)をいれた囊(ふくろ)を吊るしておくきます。参拝の人たちは、その囊をしごいて御祓いをしてから、中門の中へ入り参拝します。残念ながら、この古くからのしきたりは、戦後、略されてしまいました。今では、知る人はほとんどありません。
唐崎社、井上社の社前に茱の囊を安(お)くときの祭具がまた、黒漆塗りの台盤やら高杯が用いられます。御供えにも古い時代は、サンショウウオが御供えされたようですが、現在は、天然記念物になっているため、かわりに鮒を御供えしています。御神酒の瓶子(へいじ)(お酒を御供えする壺のこと)も木製の黒漆塗りの瓶子です。
茱の囊は、年中祭事や神事の御供えではなく、節の日の御祓いの祓えの具です。
黒漆塗りの祭具を用いるのは、河合社の末社・三井社。賀茂斎院歴代斎王神霊社、二十二所社の祭事に登場します。
わざわざ、これだけを黒色の漆塗りにするのは、例えば、御蔭祭、蔭は影、御祭神の別称、ヤタカラスのカラスなど、影の対照は日向であり、太陽です。カラスの黒色の対照は明であり、太陽です。黒の祭具を用いるのも対照となる意味のことです。かげから支える、側で支える、という意味で選ばれています。