令和の御代 最初のお正月です 本年も 何卒宜しく
お願い申し上げます
令和改元奉祝和歌献詠
立ち返る令和の御代を言祝ぎて
鴨の川風波静かなり
文化時報新年号新春俳壇
みあれ山夕居る雲の初日待つ
『延喜式』や『年中行事』に主水司(もいとりのつかさ)がおこなう「立春の日」「立春の水を献ずる事」という儀について記しています。
『年中行事』の割り注には、「これを若水という」と記しています。『年中行事抄』には、さらに「女房これを若水と称す」とあります。それをもって諸本には、当初は、「若水」というのは、女房詞であった、としています。異論もありますが、すでに平安朝の初めごろには宮中の年中行事として「立春の水を献ずる儀」がおこなわれていたことが知れます。その儀を勤めたのが鴨氏の主水司でした。
その様子は、暮れの下鴨神社の「御薬酒神事」の儀にみることができようと思っています。
ところが、鎌倉時代の歌人で歌学者でもありまた、『袖中抄』の著者である藤原顕昭は、「若水」は主水司が立春の日に奉る水をいうのであって、市民の正月行事は、それになぞらえて「若水」と言っているのだ、と立春の若水と元日の若水とは、別の行事だと述べています。
しかし現在は、若水といえば正月行事として家庭に定着しています。
年頭、早々、申しましたが令和新年、宜しくお願い申し上げます