平成27年・第三十四回・式年遷宮事業の一環として、垂水の復旧工事にかかりました。昭和33年、戦後復興期のなかで式年遷宮事業にて造替が計画されましたが実現しないうちに倒壊し、撤去してしまいました。ようやく、この度、60年ぶりに再現をみることができました。言ってみれば、いまだに戦後が続いているのです。
垂水と言うのは、どこの神社もお寺さんにも手水舎が参拝者のために備えてあります。下鴨神社の場合は、歴史的にみれば行幸、御幸は、いとまなく御親齋、御親拝がおこなわれ、そのせつに御手水、解除に続いて、垂水がおこなわれます。
宮中へ鴨氏が奉仕にあがっているなかで、氏人の一員のお役が主水司(もんどのつかさ)でした。常にお水に関わったこと、明かりや薪炭のことなどを司るお役としてあがっていました。
御親齋や御親拝のせつには、御手水は、主水司が御奉仕をし、解除(げじょ・お祓いのこと)は、宮主(みやじ)が奉仕をいたしました。古い時代から御親齋(ごしんさい・御自から御祭されること)にさいしては、唐戸(からと・御本宮まじかの御扉のこと)に御入りのせつ御垂水を御奉仕するのも宮主の奉仕が慣わしとなっていました。
垂水は、神奈備(かんなび・神々の鎮まるところ)の糺の森の木々の葉の露を両手にお受けになり、御体をうるおされることによって自然の神々の大きなお力を得て御生(みあれ)される儀礼でありました。
この度の御遷宮により賀茂斎院御歴代の斎王さまの御神霊のお社が御造替になり、それに連れて、お社の南側に御垂水を御再興になります。
近年、糺の森の植生状況は、過動期にあり樹齢百年単位の樹木と若木の入れ替わりが激しく、今回、垂水の再興にさいして、昨今の長雨により倒木した老木を用いることにいたしました。