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書き初め

 元旦、早々墨をすって字を書くことを忘れて久しいように思います。

さて、書き初めをするとなると、いったい、何と書くのやら、と悩んでしまう時間の方が長いうえに、敷物を敷いたり、墨を摺ったりと準備に費やし、つい意欲をなくし、後にしようと思っている間に忘れてしまうことの方が多いようです。

 何を書くか、と考えている時に、つい思い出すのは、藤原定家が「土佐日記」を臨書したことです。

平安時代、紀貫之が赴任先の土佐国の役人をおえて帰京する船旅の日記でした。平安時代、日記と言えば「中右記」といえ「小右記」など男の書く日記でした。ところが、「土佐日記」は、男が記した女性風の日記でした。内容も暮れに船に乗り元日の光景から始まっていることが面白く、つい書き初めのときに連想してしまいます。

定家は、「土佐日記」を書写したあと、巻末を臨書しています。専門家の先生方によると、臨書ではなく、臨模、と言うのだそうです。そっくりそのまま書く、模書、とも言うのだそうです。

定家と言えば「明月記」で個性的な思考に基づく詳細な記録がまた、特別な文学の領域をなしているのではないかと思います。内容には、下鴨神社へ御参籠や禰宜の亭に再々、上皇が御幸されたこと、方たがいにより方よけをされたことなどを詳しく留めており、史料として重要な部分をしめています。また定家の書体は、有心体と言うのだそうですが、面白いので眺めるばかりです。

定家のころの「徒然草」から、少し先の鴨長明の「方丈記」、その先の「源氏物語」と三代に亘る物語は、その時代を知り、人々の物のみよう生きようを知ることが出来るのではないかと思います。別々にではなく三代通じて読んでほしい、とお願いしています。さらに言うなら、神さんと仏さんの信仰を語りきっていると思うからです。

 今年の書き初めは、定家の模書を模して、と思っているうちに、とうとう三ヶ日は過ぎてしまいました。



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